■雨の日

 

駅前のバス停の椅子に座って、バスを待つ。

学校へは自転車で20分程度なのだが、雨が降っている日はバスで通学する。

しばらくすると、バスが駅のロータリーに入ってきた。

足の横に置いていたバッグを持ち、立った。

バスの中に入ると、暖房の熱気が顔をくすぐった。茶髪混じりの黒髪がなびく。

5人がけの最後尾の椅子、その窓際に座って足を組んだ。

その後の数分間でポツポツと人が入って、やがてドアは閉まった。

通勤ラッシュの時間には重ならないように学校の開始時刻は決められていたから、乗客はほとんどがボクの高校の生徒だった。

 

 「隣、座っても?」

 

いつもと変わらぬ窓の外の景色を見ていたボクに、突然声をかける女性がいた。

他にも席があるのにと思いながらも、とりあえず頷いておいた。

 

「よいしょ、っと。」

 

 スカートを整えて彼女は座った。

横目で見ると、隣の高校の制服を着ていた。

その日は彼女とは特に何事もなかった。

 

 

だが、次の日。

この日もまた、土砂降りだった。

また彼女がボクの隣に座った。

また、「隣、座っても?」と「よいしょ、っと」の二言しか聞かなかった。

でも、バスがもうすぐ学校に着くというときに、

 

「あ、あのさぁ……。」

 

これもまた突然、話しかけてきた。

彼女は真剣な眼差しでボクの顔を見ている。

なんだか照れくさくなって目は背けた。

 

 「な、なんでしょう……。」

 

「今度……。」

 

正直期待した。物凄く。

 

「今度、次にこのバスに乗った時、その時は私はいないけど……またこの席に座って。」

 

「え……?」

 

言った瞬間、バスが停車した。

ボクはわけがわからなかったが、降りることしかできなかった。

帰りは雨が止んでいたので歩いて帰った。

なんだかバスに乗るのが恐かったからだ。

 

 

 

その日から1ヶ月経ったけど、あれから一度も雨が降らなかった。

だから、バスにも乗らなかった。

そしてその丁度1ヶ月経った日、台風がやってきた。

季節はずれの台風で、彼女の言葉のように突然やってきた。

ボクはもう、1ヶ月前に会った彼女のことも、彼女の言った言葉も忘れていた。

ただ、席は偶然あの席だった。

バスが出発しても彼女は現れなかった。

 

ふいに、ボクの視界が一点に集中した。

それまで無かった封筒が、隣の席にいつの間にか置かれていた。

ボクはその封筒を開けていた。

 

『前の席の取っ手に捕まって、頭を守って』

 

中の紙にはそう書かれていた。そうとしか書かれていなかった。

言われるがまま……書かれるがままにボクは取っ手に捕まって頭を屈めた。

その瞬間だった。視界が急に暗くなって、この世の物とは思えないような大きな音がした。

そして、静かになった。

ゆっくりと、雨と風と雷の音が戻ってきた。

ボクが屈めた頭を上げると、前の座席が通路にはみ出していたり、フロントガラスが割れていたりしているのが見えた。

高校生は頭を打って気絶している人もいれば、血を流したりしている人、驚いて腰を抜かしている人もいる。

ボクはこの惨状から一刻も早く逃れようと、緊急用の窓を開けて外に飛び出した。

振り返って見ると、バスがスリップして、壁に激突したようだ。

周りに人が集まってきた。

ボクは握り締めていた手をゆっくりとほどいた。

中にあった手紙も一緒に、ゆっくりと開く。

 

 『助かってよかった……。』

 

文字は変わっていた。

雨が降っているにもかかわらず、ボクは暗い空を見上げて呟いた。

 

 

 

 「ありがとう……。」

 

fin

 

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